転職・就職類義語辞典

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希望とは?

[ 68] 『希望学』:東京大学社会科学研究所 希望学プロジェクト
[引用サイト]  http://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope/

「希望学関連記事」に【2006年11月24日『毎日新聞:東京夕刊』「キャンパる:インタビュー・会いたい人 東京大社会科学研究所・玄田有史さん」】を追加しました。(2006.11.28)
「希望学の成果」にディスカッションペーパーシリーズNo.6(玄田有史)のPDFファイルを掲載しました。(2006.11.26)
「希望学関連記事」に【2006年11月12日『朝日新聞:朝刊』「補助線:希望はどこへ行った」(編集委員:西井泰幸氏)】を追加しました。(2006.11.26)
「希望学の成果」にディスカッションペーパーシリーズNo.5(橘川武郎)のPDFファイルを掲載しました。(2006.10.31)
「希望学関連記事」に2006年9月の釜石調査に関する現地報道記事を1件追加しました。(2006.10.25)
「希望学関連記事」に2006年9月の釜石調査に関する現地報道記事を4件追加しました。(2006.10.23)
2006年8月19日から10月1日にかけて、希望学プロジェクトでは、「暮らしと法律相談についての釜石調査」を実施いたしました。ご協力ありがとうございました。(2006.10.04)
「釜石物語」に【「風が通りすぎる街」佐藤義行】、【「大学院時代の釜石の思い出」青木宏之】を追加しました。(2006.08.16)
「希望学関連記事」に【2006年7月22日号『週刊ダイヤモンド』「『希望学』が明かす時代の閉塞感」(玄田有史インタビュー)】を追加しました。(2006.08.05)
『週刊ポスト』2006年7月14日号に、『希望学』の書評(評者:重松清氏)が掲載されました。(2006.07.13)
「希望学関連記事」に【2006年7月4日号『日経ビジネス・アソシエ』「仕事がより楽しくなる「希望学」とは」(玄田有史インタビュー)】を追加しました。(2006.07.10)
「希望学の成果」にディスカッションペーパーシリーズNo.4(水町勇一郎)のPDFファイルを掲載しました。(2006.07.10)
「希望学関連記事」に【2006年5月23日『岩手東海新聞』「逃げずにチャレンジを:東大助教授の玄田有史さん 釜石商高3年生にエール」】、【2006年5月25日『岩手日報』「就職に夢忘れずに:東京大学玄田さん 高校生にエール」】を追加しました。(2006.06.09)
「希望学関連記事」に【2006年5月18日『北海道新聞』「希望学」プロジェクト責任者 玄田東大助教授に聞く】を追加しました。(2006.05.31)
「希望学関連記事」に【2006年5月15日朝刊『読売新聞』「「希望」の意味づけ第1弾」 玄田有史】を追加しました。(2006.05.19)
「希望学関連記事」に【2006年5月号『中央公論』「今月の集中講義「希望」 宇野重規】を追加しました。(2006.04.14)
「希望の名言集」に【岸洋子「希望という名のあなたをたずねて 遠い国へとまた汽車にのる」】を追加しました。(2006.03.17)
「希望学の成果」にディスカッションペーパーシリーズNo.2(五百旗頭薫)、No.3(梅崎修)のPDFファイルを掲載しました。(2006.3.14)
「希望学関連記事」に【2006年2月20日号『アエラ』掲載「希望学 ―東大に「希望学プロジェクト」が立ち上がった。「希望」の正体を解く鍵は、実は「挫折」にある。」 玄田有史】を追加しました。(2006.03.02)
2006年1月14日(土)から2月上旬にかけて、希望学プロジェクトでは、職業教育に関するアンケート調査を実施いたしました。ご協力いただきありがとうございました。
「希望を考える」に【「就活」における希望(「心のひだ」仮説) 坂口 慶樹】を追加しました。(2006.02.08)
「希望学関連記事」に【2006年2月号『中央公論』「希望は人を幸せにするか 「希望学」で掴む格差社会の正体 対談 玄田有史 宮崎哲弥」 】と【2006年1月12日『朝日新聞:岩手版』 「「希望」の奥に社会が見える:東大社会科学研が釜石で調査」】と【2006年1月12日『岩手東海新聞』 「釜石で「希望学」調査:東京大学社会科学研究所 産業・歴史など総合的に」 】と【2006年1月12日『岩手日報』 「釜石で「希望学」調査:東京大研究所」】を追加しました。(2005.01.21)
「希望を考える」に【「ギリシア神話「パンドラの箱」から」 河野仙一】を追加しました。(2006.01.19)
「希望学関連記事」に【『月刊ZONE』2005年12月号「希望学:いきいきと人生に立ち向かうために」玄田有史】を追加しました。(2006.01.06)
「希望を考える」に【「偽物の希望」と「本物の希望」 橘川武郎】を追加しました。(2006.01.06)
「希望学の成果」ディスカッションペーパーシリーズNo.1(岡野八代)のPDFファイルを掲載しました。(2005.12.27)
「希望学関連記事」に【2005年12月1日『季刊 健康』2005年冬号「希望を科学する」玄田有史】を追加しました。(2005.12.14)
「希望学関連記事」に【2005年11月14日『毎日新聞』(夕刊)「シリーズ<現在>への問い」第4部-創造力の行方-(6)「これからの若者にとっての『立身出世』とは?」玄田有史(PDF)】を追加しました。(2005.12.02)
「希望学関連記事」に【2005年10月11日発行『東京大学新聞』掲載「学問で「希望」を追う」】を追加しました。(2005.10.31)
「希望学関連記事」に『経済セミナー:特集 「希望」と経済』2005年第110号(10月27日発売)、『能力開発マガジン:特集 若者・夢・未来』2005年秋号掲載記事の情報を追加しました。(2005.10.28)
「希望学宣言!(シンポジウム全記録)」に「当日のアンケートから」を追加しました。(2005.10.28)
「希望の名言集」に寺山修司「人類が、最後に罹るのは、希望という病気である」を追加しました。(2005.10.28)
「希望学関連記事」に【2005年第34号(9月6日発売)『ビッグイシュー日本版』掲載「どこかネジれていて、パラドキシカル──希望って何だろう?」玄田有史】と【2005年第34号(9月6日発売)『ビッグイシュー日本版』掲載「「希望」について調べてみました」永井暁子・佐藤香】を追加しました。(2005.09.21)
9月17日18時より、BSデジタル放送BS-i「荻野アカデミア」(特集:希望がみえない)で、シンポジウム「希望学宣言!」が紹介されました。(2005.09.15)
「希望学関連記事」に【2005年9月号『中央公論』「希望と挫折が生み出す未来」(PDF)】を追加しました。(2005.08.26)
「希望学関連記事」に【2005年7月26 日『週刊 東京大学新聞』「希望学プロジェクトが始動」(PDF)】を追加しました。(2005.08.01)

 

[ 69] 内田樹の研究室 2006: 希望格差社会
[引用サイト]  http://blog.tatsuru.com/archives/000856.php

満室だったのに三宅先生がコネでねじこんでくれた(三宅先生はどの世界にもコネがある)品川プリンスに泊る。
橋本さんとの対談で脳がほどよく「ほとびて」爆睡したので、朝6時に目が覚めてしまった。そのまま朝一の新幹線で芦屋に戻る。
もし片道1時間半ほどの距離にいたら、私は往復車中で一日2冊ずつ本を読破して、あらゆる問題についてさくさくとロジカルにしてクリアカットな意見を述べることのできる人間になれたであろう。
「家で読めばいいではないか」という方もおられるだろうが、家では書かなければならない原稿の続きがHDの中で「おいでおいで」をしており、居間には途中まで見たラス・メイヤーの巨○DVDが私を待っており、納戸にはただちに整理しなければならない夏物冬物の山が崩れかけており、仕事のため以外の本を読むような暇は私には一瞬とてないのである。
メディアがいいにくいことをはっきり言い切ってしまっているという点では、先日ご紹介した『オレ様化する子どもたち』に通じている。
諏訪さんの本は「子どもが危ない」ということを(「子どもが危険にさらされている」という意味と、「子どもが私たちに危険をもたらす」という意味の両方において)明言していた。
これも同じく、「若者が社会的弱者になりつつある」ということと、「やがてこの弱者たちが社会に危険をもたらすであろう」ということの二点を指摘している。
フリーター(未婚若年アルバイト雇用者)は200万人。失業中、未婚派遣社員を入れると未婚若年不安定雇用者数は400万。
「自分のことに対しては、自分が決定する。これが自己決定の原則である。そして、自分で選択したことの結果に対しては、自分で責任をとる、これが『自己責任』の原則である。リスクの個人化が進行するということは、自己決定や自己責任の原則の浸透と表裏一体である。リスクに出会うのは、自分の決定に基づいているのだから、そのリスクは、誰の助けも期待せずに、自分で処理することが求められている。
失業したり、フリーターになったりするのは、自分の能力の問題である。離婚したのは、離婚するような相手と結婚したからである。(…)リスクが避け得ないものとなると同時に、個人は、そのリスクをヘッジすること、そして、生じたリスクに対処することを、個人で行わなくてはならない時代になっている。」(46-47頁)
「リスク社会」とは、これまで個人にかわってリスク・ヘッジを担当してくれた社会的機能(国民国家や地域共同体や血縁集団や「親方日の丸」的企業)がその仕事を放棄し、「これからは自分のことは自分で決めてよろしい。その代りに諸君がどんなことになっても当局は一切関知しないからそのつもりで」というルールを採用することになった社会のことである。
『ミッション・インポシブル』がそうであるように、そこでは「リスクヘッジが適切にできる個人とできない個人の間」に(しばしば破滅的な)クレバスが開口することになる。
そういう社会では、基礎的な能力が高く、かつプライヴェートな相互扶助組織(人脈、学閥、閨閥など)に支援されていて、かつ「戦略的に考えることのできる人間」はたくみにリスクヘッジすることができる。
これまでの家族社会学の常識では、「夫が高収入の場合は妻が専業主婦となり、夫が低収入の場合は妻が就労して家計を補完する」ということになっていた。
「夫が高収入の場合ほど、妻の就労率が高く、夫が低収入であるほど、妻の就労率が低い」という傾向が顕著になってきている。
高度専門職についている「強者」の男女が婚姻し、さらに豪奢な生活を享受する一方で、不安定就労者同士が結婚した生活能力のないカップルに「できちゃった婚」で子どもが生まれて一層困窮化する。
不安定就労者の若年男性は、事実上、自分と同程度に社会的弱者である不安定就労者の女性の中からしか配偶者を選ぶことができない(高度専門職に就いている女性強者が男性弱者を配偶者に選ぶ可能性はほとんどない)。
しかし、リスク社会では、かりに女性が不安定就労者であっても、男性強者は配偶者に相当の学歴や教養や人脈などの文化資本を要求する。
言い換えれば、男性強者の専業主婦たりうる条件は「文化資本を備えた強者の家庭のご令嬢」であるというかたちで、あらかじめ限定されているのである。
未婚率の急上昇、少子化の進行の背景には、この勢いづく「強者連合」によって蹴散らされた「結婚したくてもできない弱者」の急増という事実がある。
リスク社会は「勝つ人間は勝ち続け、負ける人間は負け続ける」というフィードバックを繰り返して短期的に二極に分化する。
「夢に向かって努力すればその夢は必ず実現するというのは『ウソ』である。全ての人が希望通りの職に就けることはあり得ない。『一生』大学教員になれない博士課程入学者は年に一万人ずつ、『一生』上場企業のホワイトカラーや技術職につけない大学卒業生は、多分、年に数万人ずつ、『一生』中小企業の正社員にさえなれない高校卒業生は、年10万人ずつ増えてゆく。これに呼応して、正社員と結婚するつもりだが、一生結婚できないフリーター女性は、年20万人ずつ発生していくのである。(…)
いつかは受かるといって公務員試験を受け続けても、三十歳を過ぎれば年齢制限に引っかかる。どうせ正社員に雇ってくれないからと就職をあきらめ、単純作業のアルバイトをしていた高卒者は、仕事経験や能力が身に付かないまま、歳だけとり続ける。よい結婚相手に巡り会えないからと結婚を先延ばしにしていた女性は、四十過ぎれば見合いの口もかからなくなる。当の若者は、考えると暗くなるから考えない。若者自身が、不良債権と化すのだ。(…)
結婚や子供を作ることなく、高齢を迎える元フリーターの中年男性、女性が100万人規模で存在する社会はどのようなものになるだろうか。」(127−8頁)
だが、「社畜化」したサラリーマン男性が家庭より企業に優先的に帰属感を抱いているうちに、最小の血縁集団であった核家族が解体してしまった。
ポスト産業社会化とともに、サラリーマンにとっての最後の共同体的よりどころだった企業も解体して、とうとう「中間的共同体」が何もなくなってしまった。
まるはだかにされて、正味の個体の生存能力をフル動員して生き延びるしかない、リアル・ファイトの闘技場に私たちは放り出されたのである。
「夫らしく妻らしくなんて役割演技はたくさんだ」「親の介護なんかしたくない」「子どもの面倒なんかみたくない」「隣の家とのつきあいなんて鬱陶しい」「会社の同僚の顔なんか終業後に見たくない」「オレはやりたいようにやる」「あたしの人生なんだからほっといてよ」…ということをみなさんがおっしゃったので、「こういうこと」になったわけである。
山田さんは、あと20年後に確実に不良債権化する「元若者」たち(社会的能力もなく、家族もなく、年金受給資格もなく、保険にも入っていないような中年老年の男女)の生活保護のための財政支出と、自暴自棄になった「元若者」たちの犯罪に対処するための治安コストを考えると、いまのうちに、なんとか手を打った方がいいと提案している。
けれども、公共政策によって彼らに最低限の生活保障を行っても、彼らの「将来に希望がもてない」という実感をどうにかすることはできない。
「私は、リスク化や二極化に耐えうる個人を、公共的支援によって作り出せるかどうかが、今後の日本社会の活性化の鍵となると信じている。(…)
能力をつけたくても資力のない者には、様々な形での能力開発の機会を、そして、努力したらそれだけ報われることが実感できる仕組みをつくることである。(…)
学校システム、職業訓練システムでは、これくらい努力したら卒業、もしくは、資格をとれば、これくらいの仕事に就ける、収入が得られるという保障をつけたメカニズムをつくるべきである。」(241頁)
「自分の能力に比べて過大な夢をもっているために、職業に就けない人々への対策をとらなければならない。そのため、過大な期待をクールダウンさせる『職業的カウンセリング』をシステム化する必要がある。」(242頁)
この「過大な期待を諦めさせる」ということは子どもを社会化するためにたいへん重要なプロセスであると私も思う。
これまで学校教育はこの「自己の潜在能力を過大評価する『夢見る』子どもの自己評価をゆっくり下方修正させる」ことをだいたい十数年かけてやってきた。
中学高校大学の入試と就職試験による選別をつうじて、子どもたちは「まあ、自分の社会的評価値はこんなとこか…」といういささか切ない自己評価を受け容れるだけの心理的素地をゆっくり時間をかけて形成することができた。
彼らは過大な自己評価を抱いたまま、無給やそれに近い待遇で(場合によっては自分の方から「月謝」を支払ってまで)「クリエイティヴな業界」に入ってしまう。
「業界」そのものは無給薄給でこき使える非正規労働力がいくらでも提供されるわけだから笑いが止まらない。
自己を過大評価する「夢見る」若者たちを収奪するだけ収奪して、100人のうちの一人くらい、力のある者だけ残して、あとは「棄てる」というラフな人事を「業界」は続けている。
時間とエネルギーを捨て値で買われて、使い棄てされる前に、どこかで「君にはそこで勝ち残るだけの能力がないのだから、諦めなさい」というカウンセリングが必要なのだけれど、そのような作業を担当する社会的機能は、いまは誰によっても担われていない。
けれどもその心理的な欠落感をどうやって埋めてゆくのか、ということについては、「逆年金」や職業訓練や「パイプラインの補修」など、山田さんが提示したもの以外にも、いろいろなやり方があるだろうと思う。
人間の社会的能力は「自分が強者として特権を享受するため」に利己的に開発し利用するものではなく、「異邦人、寡婦、孤児をわが幕屋のうちに招き入れるために」、その成果をひとびとと分かち合うために天から賦与されたものだ。
それが、迂遠だけれど、私たちが将来に「希望」をつなげることのできるいちばんたしかな道だろうと私は思う。
どちらにせよ、この本はいま若者である方たちと「元若者」になりつつある不安定就労者のみなさんに熟読して欲しい。
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生命を共有する集団の単位は、家族である。男・女・子によって構成されるのが、ここでいう家族であり、最小単位と... [続きを読む]
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こんばんは。憂鬱な話ですね。憂鬱な未来が待っていることを知りながらそこに突入しなくてはならないというどうしようもない気持ちです。ただ、公共的なサポートを行うことに素直に賛成は出来ないです。複数の官庁の官僚が、とんでもない巨額の予算を要求して、自分の所属官庁のOBが天下りできるようなポストをしっかり設置して予算を湯水のように使うことが目に見えています。「あきらめろ」ということを教師はなかなか学生には言いづらいものです。特に自分が指導している学生については特にそうです。下手をすると、何とかハラスメントになりかねないからです。高校や大学(言い方が悪いですが、特に二流以下の大学)の中では、学生に精神的な問題が発生した場合は学生相談所なる窓口がありますが、それに加えて、ライフ・カウンセリングを行う男性女性両方の専門職員及び教官を配置するべきでしょう。それが最低限の対策だと思います。
「将来に希望がない」と悲観的なのは山田先生だけで、当の若者たちはもっと飄々と生きているような気がします。
グローバリゼーションとやらで、労働マーケットでは大雑把に云えば偏差値70以上のひとだけ別にして、偏差値が65でも45でもあまり大差が無い味噌っかすという時代に突入しつつあるって感じですかね。
でもやっぱ偏差値65くらいなら努力するインセンティブが保たれた方がよいし、55以下のひともあまり投げずにそれなりに地道にがんばってくれや、自分探しはどうせ無駄だし程々にとw
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